ものづくり支援パートナーズの上村です。
「特定のベテラン社員が休むと、途端にラインが止まってしまう」 「繁忙期になると、特定の人だけが残業続きで疲弊している」
このような「属人化」の悩みを抱えている経営者や工場長の方は多いのではないでしょうか?
人手不足が深刻化する今、限られた人数で生産を維持し、変化に強い現場を作るために「多能工化」は避けて通れない課題です。
しかし、いざ「多能工化を進めよう!」と号令をかけても、現場からは「忙しいのに無理だ」「仕事を教える時間がない」と反発され、失敗に終わるケースが後を絶ちません。
なぜ、多くの現場で多能工化は失敗するのでしょうか? それは従業員のやる気の問題ではなく、「会社の仕組み」に不備があるからです。
本記事では、精神論ではなく仕組みで解決するための、失敗しない多能工化の進め方を解説します。
1. なぜ今、中小製造業に「多能工化」が必要なのか
多能工化とは、1人の従業員が複数の工程や業務を遂行できるスキルを持つことです。単なる「便利屋」を作ることではありません。その真の目的は、会社と従業員双方にメリットのある環境を作ることです。
• 生産性の向上(全体最適): ボトルネック(作業が遅れている工程)に、手の空いた人がすぐに応援に入れる体制を作ることで、ライン全体の稼働率を上げることができます。
• リスク分散と有給取得の促進: 「あの人しかできない」仕事をなくすことで、急な欠勤や退職があっても業務が滞りません。お互いにカバーし合えるため、従業員も有給休暇を取りやすくなります。
• 技術伝承: ベテランの技術を若手が習得する機会を強制的に作ることで、技術の喪失を防ぎます。
2. 要注意!多能工化が「失敗」する3つのパターン
多くの企業が良かれと思って進める多能工化ですが、現場の視点では「改悪」と受け取られることがあります。失敗する典型的なパターンを知っておきましょう。
①「丸投げ」による現場の疲弊(スーパーマン幻想)
最も多い失敗は、現場のキャパシティを無視して「あれもこれも」と業務を詰め込んでしまうことです。 多能工化は「分身の術」ではありません。1人がこなせる時間は限られています。「残業の少ない人を多能工に任命したら、その人に業務が集中して最も疲弊してしまった」という事態になれば、離職リスクすら高まります。多能工を「都合の良い調整弁」として扱ってはいけません。
② 評価制度のミスマッチ(協力した人が損をする)
「困っている工程を手伝いなさい」と言いながら、評価やボーナスの基準が「個人の生産数」や「作業スピード」のままになっていませんか? 自分の担当工程を早く終わらせても、他工程を手伝いに行ってペースが落ちれば評価されない。これでは、誰も協力しようとは思いません。「自分の仕事だけやるのが一番得」というルールを会社が放置していることが、多能工化を阻む最大の要因です。
③ 順序の間違い(標準化なき多能工化)
業務の手順が人によってバラバラ、マニュアルもない、あるいは「見て盗め」という状態で多能工化を進めるのは不可能です。 教える側のベテランには「自分の作業を止めて教える」負担がかかり、教わる側も習得に時間がかかります。結果、「教えるのが面倒だから自分でやった方が早い」となり、元の木阿弥に戻ります。
3. 失敗しない多能工化の進め方【準備編:まずは標準化】
多能工化の第一歩は、教育訓練ではなく「業務の標準化」です。
「誰でもできる」状態を作る
厳しい言い方になりますが、「特定の人にしかできない作業は、標準とは言えません」。 カンやコツに頼っている作業を、誰がやっても同じ品質でできるように手順を明確にする必要があります。手順書がない状態で人を入れ替えると、品質事故や労働災害のリスクが高まります。
動画マニュアルの活用
製造現場の複雑な動きやニュアンスは、紙のマニュアルでは伝わりにくいものです。 現在は、スマートフォンで撮影した動画を簡単にマニュアル化できるツールもあります。動画であれば「動き」や「カン・コツ」を可視化でき、教わる側も繰り返し予習・復習ができるため、教育時間を大幅に短縮できます。指導者ごとの教え方のムラをなくすことにも繋がります。
4. 失敗しない多能工化の進め方【実践編:可視化と計画】
標準化ができたら、次は現状の「見える化」と計画です。
スキルマップ(星取表)の作成
縦軸に従業員名、横軸に業務名を並べた「スキルマップ」を作成します。 ポイントは、「できる/できない」の二択ではなく、レベルを細分化することです。
• レベル1:指導者の下で作業ができる
• レベル2:一人で標準時間内に作業ができる(独り立ち)
• レベル3:異常発生時に対応できる
• レベル4:他者に教えることができる(指導者)
このように可視化することで、「誰を育てればリスクが減るか」が明確になり、従業員自身の目標設定にもつながります。
「単能工」の積み重ねで進める
人間はマルチタスク(同時並行処理)は中々できません。多能工化とは、仕事を同時にこなすことではなく、「高いレベルでこなせる単能工の仕事を増やすこと」です。 「3年でA工程を極める」→「次の3年でB工程も極める」といったように、長いスパンで計画的にローテーションを行うことが、結果として強い多能工を生み出します。一度に中途半端に手を出させるのは避けましょう。
5. 現場を動かす「評価制度」の仕組みづくり
最も重要なのが、**「頑張った人が報われる評価制度」**への転換です。精神論ではなく、給与や賞与に直結する仕組みを変えることで、現場の行動は劇的に変わります。
「個人の速さ」から「チームへの貢献」へ
評価項目を書き換えましょう。 従来の「個人の作業スピード・出来高」重視から、以下のような項目を高く評価するように変更します。
• 多能工化(スキル幅): 担当できる工程の数。
• 全体最適(フォロー行動): 自分の手が空いた時に、遅れている工程を自発的に手伝ったか。
• 指導育成: マニュアルを作成し、後輩を指導して「できるようにさせた」か。
「多能工手当」の導入
新しいスキルを習得する努力に対し、明確な対価(インセンティブ)を用意します。 例えば、スキルマップで「独り立ち(レベル2)」と認定された工程が増えるごとに、月額数千円の手当を支給する、といった形です。一時的な賞与ではなく、毎月の固定給(手当)として支給することで、「スキルアップは生活を豊かにする」という実感を従業員に持たせることができます。
「教えた時間」を評価する
ベテランが教育を嫌がるのは、「教えている間、自分の生産量が落ちる」からです。 これを防ぐため、教育にかかった時間は個人の生産ノルマから除外し、「教育業務」として別枠で評価・計上するルールにしましょう。「教えても損しない、むしろ評価される」仕組みがあれば、技術伝承はスムーズに進みます。
まとめ:多能工化は「働きやすさ」を作るための手段
多能工化は、会社が利益を上げるためだけの施策ではありません。
「子供が熱を出したときに気兼ねなく休める」「残業が減って早く帰れる」といった、従業員自身の「働きやすさ」を守るための取り組みであることを、経営者がメッセージとして伝え続けることが大切です。
いきなり工場全体で始める必要はありません。まずは特定のラインやチームから、「標準化」と「スキルマップ」による小さな成功体験を積み重ねてみてください。仕組みが変われば、現場は必ず変わります。

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