デジタル化の前に「現場の動線」を整える

中央テーブルから始まる利益改善の物語

現代の製造現場において、デジタル化(DX)は避けて通れない課題です。しかし、多くの企業がシステムを導入しながらも、思うような成果を得られずにいます。なぜでしょうか。その答えは、デジタル化の前に「現場が物理的にどう動いているか」「適切なタイミングでデータを入力しているか」という、アナログな情報の流れが整っていないことにあります。

デジタル化は一気に進めるものではありません。段階を踏んで、現場の実態に合わせて着実に進めることが成功の鍵です。

今回ご紹介するのは、手のひらに乗るサイズの金属製装飾品を加工する製造現場での、段階的な業務改善の取り組みです。この現場では一品一様の受注生産を行っており、ロット生産とは異なる管理の難しさがあります。

第1段階:中央テーブルが「現場の司令塔」になる

手のひらサイズの装飾品加工では、作業者のところに加工物を置くと、加工物が小さいため、「どこにどの加工物があるか」がわかりにくくなります。さらに、進捗の把握が困難になるだけでなく、紛失や破損のリスクも高まります。そこで提案するのが、工場の中心に「中央テーブル」を設置し、そこを全工程の情報とモノのハブ(拠点)にする仕組みです。

この仕組みの核となるのが「引張方式」です。

受注(受付)が完了すると、まず製造指図書が作成され、中央テーブルの「未着手エリア」に置かれます。各工程(加工・研磨・検査)の担当者は、自分の準備ができ次第、このテーブルへ指図書を取りに行きます。

  • 「加工」担当者: 中央テーブルから指図書を取り、作業場所へ移動。作業が終われば、指図書と共に加工物を中央テーブルの「加工完了エリア」に戻します。
  • 「研磨」担当者: 中央テーブルに置かれた「加工完了」のものを取りに行き、研磨を行い、終わればまた中央へ戻します。
  • 「検査」担当者: 研磨が終わったものを中央から取り、最終チェックを行い、出荷へと繋げます。

この「取って、戻す」という物理的な動きを繰り返すことで、テーブルの上を見るだけで、今どの案件がどの工程にあるのか、どこで作業が滞っているのかが、システムの画面を見ずとも一目で分かるようになります。

一品一様の装飾品製造では、同じものが二度とない場合も多く、この物理的な見える化がより重要な意味を持ちます。

第2段階:「手書き」がデータの精度を磨き、意識を変える

物理的な動線が整ったら、次に行うべきは「実績時間の蓄積」です。

デジタル化への第一歩として、まずは各工程で作業時間を手書きで記録することから始めます。担当者は中央テーブルから指図書を持ち出す際に「開始時間」を、戻す際に「終了時間」を指図書に手書きで記入します。

「なぜ今さら手書きなのか」と思われるかもしれません。しかし、自分の手を動かして時間を記録する行為は、作業者に「時間=コスト」であるという強い意識を植え付けます。

例えば、売上単価が1時間あたり6,000円、原価が3,000円という場合、作業伝票にこれらのチャージ単価を明記し、手書きで実績時間を記入する習慣をつけることで、現場一人ひとりが「この作業でどれだけの利益を生んでいるか」をリアルタイムに意識する集団へと変わっていきます。

特に一品一様の製造では、案件ごとの収益性のばらつきが大きくなりがちです。この段階で正確な実績を把握する習慣をつけることが、次のステップへの確かな基盤となります。

第3段階:アナログな規律を「デジタル」という加速器へ繋げる

物理的な動線と、手書きによる時間記録の習慣。この2つが定着して初めて、デジタルツールは真価を発揮します。

第3段階では、このアナログな作業をデジタルへ移植していきます。

  • バーコード・QRコードの導入: 指図書に受注番号のQRコードを印字します。中央テーブルに置かれたリーダーでスキャンするだけで、開始と終了の時間が自動記録されるようにします。
  • 簡易データベースの活用: 手書きしていた項目を、タブレットのプルダウンメニューなどで簡単に選択できるようにし、現場の入力負荷を最小限に抑えます。

こうして蓄積されたデータは、自動的に「案件ごとの利益レポート」へと集計されます。

例えば特定の案件に対し、予定納期に対して実績納期がどうだったか、受注金額に対して実際にかかった工数(原価)から算出された利益はいくらか、といった内容が、経営判断の材料として即座に可視化されます。

一品一様の製造では、似たような案件でも収益性が大きく異なることがあります。このデータの蓄積により、どのような案件が利益を生み、どのような案件が赤字になりやすいかが明確になります。

結びに:「中央テーブル」は、デジタル化の本質を体現する

「中央テーブルから取って、戻す」という行為は、実はデジタル化の本質である「データを1カ所に集める」ということを暗示しています。

将来、デジタルツールを導入した際、すべての情報は一つのデータベースに集約されます。各担当者がそこにアクセスし、必要な情報を取得し、作業結果を記録して戻す。この流れは、まさに中央テーブルで行っている物理的な動きと同じ構造なのです。

つまり、中央テーブルの運用を通じて、現場の全員が「情報を一元管理する」というデジタル化の核心的な考え方を、自然と体得していくことになります。このイメージを全員に持ってもらうために、この方法はとても良い方法だと言えます。

焦らず、確実に、一歩ずつ進めることが、デジタル化成功への最短ルートです。まずは、目の前の中央テーブルから始めましょう。物理的な動きが変われば、情報が変わり、最終的には利益の形が変わります。私たちが目指すのは、デジタルとアナログが融合した、迷いのない強靭な現場づくりです。

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